大判例

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浦和地方裁判所越谷支部 平成元年(タ)26号 判決 1991年11月28日

主文

一  原告の本件訴えを却下する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実

(原告の請求とその主張)

原告代理人は、

「一 原告と被告を離婚する。

二 原被告間の長女(昭和五九年五月二三日生まれ)の親権者を原告と定める。

三 被告は、原告に対し、金三〇〇万円を支払え。

四 訴訟費用は被告の負担とする。」

との裁判を求め、その請求原因として、次のとおり述べた。

一  原告と被告は、一九八二年(昭和五七年)五月一五日婚姻した夫婦であり、その間に未成年の長女がある。

二  原告は、一九八八年(昭和六三年)暮れに長女とともに帰国し、正月明けの翌一九八九年(平成元年)一月に被告の住む西ドイツの住まいに戻ったところ、被告は、「別居する。いやなら離婚する。」と一方的に宣言して、原告を家に入れず、その後も正当な理由なく原告との同居を拒否し、またそのころから同国の男性数人と不貞を重ねている。

従って原告には、日本民法七七〇条一項一号及び五号に定める離婚原因がある。

三  被告の行為により原告は、著しい精神的苦痛を被り、そしてこれを金銭に換算すれば金一〇〇〇万円を下らないが、本訴ではそのうち金三〇〇万円を請求する。

四  長女は、現在原告により監護養育されているところ、心身ともに健康に成長しているうえ、被告には同女の親権者としての適格性はないので、同女の親権者は、原告が適当である。

五  そこで原告は、被告との離婚を求める(長女の親権者として原告を希望)ほか、被告に対し慰謝料金三〇〇万円の支払いを求める。

(被告の答弁)

一  本案前の申立てとその理由

被告代理人は、主文と同一の判決を求め、その理由として、次のとおり述べた。

1  離婚訴訟の国際裁判管轄権は、被告の住所を基準として決めるべきところ(最高裁判所昭和三九年三月二五日判決)、被告は、一九八八年(昭和六三年)八月以来継続して西ベルリンに住み、従って本訴が提起された当時日本に住所も居所もなかったから、日本の裁判所には、本訴についての国際裁判管轄権はない。

2  一九九〇年(平成二年)三月一四日ベルリン市のシャルロッテンブルグ簡易裁判所―家庭裁判所で、原被告の離婚を容認し、長女の親権者を被告と定める判決(以下「本件外国判決」という)がなされ、同年五月八日確定している。

二  本案についての答弁

1  「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決を求める。

2  請求原因一の事実は認めるが、二から四の事実は、いずれも争う。

かりに被告に原告主張のような不貞行為があるとすれば、それは不法行為ということになると思われるが、法例一一条によれば、不法行為の準拠法はドイツ法になるところ、ドイツ民法上原告主張の行為は、不法行為とはならないし、かりになったとしても慰謝料請求権を発生させるものではないから、この点の原告の主張は、それ自体失当である。

(被告の主張に対する原告の反論)

原告代理人は、被告の本案前の主張に対し、次のとおり反論した。

一  本件離婚訴訟の所轄について

本件については、下記のような事情があるから、日本の裁判所に管轄権がある。

1  離婚事件における国際裁判管轄権は、原則として夫婦の本国にあり、例外的に住所の管轄権が認められるとするのがわが国の多数説であるところ(なお被告主張の最高裁判決は、外国人夫婦の離婚についてのものであり、本件とは事案が異なる。)、原告は、日本国籍を有し、かつ日本に住所を有する。

2  被告は、一九八八年(昭和六三年)八月六日来日して原告肩書住所において在留期間を一年とする外国人登録をし、かつ同月九日従前の東ベルリンの住所を原告肩書住所に変更する旨を在日東ドイツ大使館に届け出、その後これを取り消していないから、被告は、原告の本訴提起時に、日本に住所を有していたことを否定できない。

3  また原被告は、統一前の東ドイツで婚姻し、東ベルリンには居住していたが、被告の送達先である西ベルリンでは婚姻生活をしておらず、西ドイツは、原被告の婚姻生活と牽連性を持たない。

4  原被告の婚姻が破綻したのは、請求原因において原告が主張したとおり被告が、原告との同居を拒否して遺棄し、あるいは遺棄にも比すべき有責行為を重ねたためである。

5  原告の本訴提起前被告は、浦和家庭裁判所越谷支部に、原告を相手に離婚の調停を申立てており、日本の裁判所での紛争解決の意思を有していたのであるから、本訴について日本の裁判所に管轄権を認めても正義公平に反しない。

二  長女の親権、監護権についての管轄について

子の親権及び監護権に関する管轄権は、子の福祉を目的として適性な判断をするため子の住所地にあると解すべきであるうえ、本件では原被告ともに離婚を望んでおり、長女の親権者を原被告いずれとするかだけが争点であるから、同女の親権者の指定についての管轄権は、その離婚に関する管轄権の所在とは関係なく日本にあるものというべきである。

三  被告は、原告が一九八九年(平成元年)七月二六日自らその住所を明らかにして本訴を提起したことを知りながら、これを隠し、原告に対する呼び出しは違法な公示送達により訴訟手続を進めさせて、本件外国判決を得たものであるから、同判決は、日本人である原告に対しては効力を有しない(民事訴訟法二〇〇条)。

(原告の反論に対する被告の主張)

被告代理人は、原告の反論に対し、次のとおり述べた。

一  原告主張のとおり被告は、かつて原告肩書住所で外国人登録をしたことがあるが(本訴提起の二カ月以上前の一九八九年(平成元年)五月二三日には出国により閉鎖されている)、その経緯は、次のとおりであり、そのために被告が、日本に住所ないしは居所を有していたことにはならない。

被告は、一九八八年(昭和六三年)八月前は、原告及び長女とともに東ベルリンに住んでいたが、同年二月には、西ベルリンにあるベルリン自由大学での勤務が決まっていたので、当時の東ドイツ政府に対し西ベルリンへの出国許可の申請をしていたが、出国許可は、家族的事情から必要な場合にだけ与えられるのが当時の東ドイツの決まりで、西ベルリンへの移住という理由では不可能だったため、日本にいる原告の年老いた母親とその養女の面倒をみるという口実で一旦日本に入国し、その後に西ベルリンに移住することにし、そのためだけに同年八月五日来日し翌六日原告肩書住所において外国人登録をしたものである。その証拠に六日後の同月一一日には日本を出て西ベルリンに帰り、原告もまたその一週間後には当時の自分の住まいである東ベルリンに戻っている。

二  またさきの最高裁判決は、「原告が遺棄された場合、または被告が行方不明の場合その他これに準じる場合には、被告の住所が日本になくても例外的に日本の裁判所に管轄権を認めるが、原告は被告より遺棄されていないし(遺棄されたのは被告の方である)、被告はもとより行方不明でもない。またかりに原告が被告から遺棄されたとしても、この「遺棄」は、被告が日本に住所を持っていないのに、例外的に日本の裁判所に管轄を認めることを合理化するための概念として理解されるべきであるから、原告が日本で遺棄された場合に限るべきところ、原告は、西ドイツにおいて遺棄されたのであるから、本件は、日本の裁判所が管轄権を有する場合には当たらない。

三  子の親権、監護権に関する管轄権は、子の住所を基準として決めるべきであるとの原告の主張は一般的には正しいが、長女は、一九八九年(平成元年)四月二一日被告の許から原告によって拉致されて以来、住む所も一定せず、原告の友人、知人などを頼りに居を転々と変えているようであり、原告の代理人ですら知らない有り様であり、住民票だけが空しく原告肩書住所にあるだけで、とても日本に住所があるなどといい得る状況にはない。

四  また原告は、ドイツの裁判所に被告から提起された離婚訴訟が係属していることを知りながら自らの防御の機会を放棄したものであり、かりに知らなかったとしても長女を拉致した後自ら身を隠すことによって、これを知ることができない状況に置いたのであるから、今更知らなかったということはできず、従って原告において、公示送達の手続きでなされた本件外国判決の効力を争うことは許されない。

五  なお被告のドイツの裁判所における訴えの提起は、離婚が一九八九年(平成元年)七月八日、親権が同月一一日であり、本訴の提起の方が先とする原告の主張は誤りである。

(証拠)(省略)

理由

一  原告と被告が婚姻関係にある夫婦であり、その間に未成年の子があることは、真正文書であることに争いのない甲第一号証及び弁論の全趣旨により明らかである。

二  そこで本訴についての国際的裁判管轄権がいずれの国にあるかについて判断する。

1  離婚訴訟について

一般に被告の住所が国際的裁判管轄権を決定する場合の基準の一つになることはいうまでもないが、それだからといってあらゆる訴訟についてそれが原則的に妥当するといったものではなく、離婚訴訟においては、離婚原因となる事実の有無が審理の中心となるが、離婚を認容するか否かの最終的な判断は、多くの場合婚姻共同生活の実体の解明なしにはよくなし得ないところであるから、その審理は、右婚姻共同生活が営まれた地を管轄する国の裁判所で行われることが望ましく、その国に、原被告双方ともに住所を有しないような場合ならともかく、原被告のどちらかが住所を有する場合には、その国の裁判所が国際的裁判管轄権を持ち、その他の国の裁判所はこれを持たないものと解するのが相当である(なお被告主張の最高裁判決は、離婚訴訟について原則的に被告が住所を有する国に国際的裁判管轄権を認め、例外的に原告が遺棄されたものである場合または被告が行方不明である場合その他これに準じる場合においては、被告の住所が日本になくても、原告の住所が日本にあるときは、日本の裁判所が国際的裁判管轄権を有する旨判示しているが、これは、原被告ともに外国人の夫婦の事案についてのものであり、本件とは事案が異なるのでこれによらない)。

ところで本件において原告と被告の婚姻共同生活が営まれたのは、ドイツであって、日本ではなく、そして被告が、原告の本訴提起当時ドイツに居住していたことは、弁論の全趣旨から明らかであるから、当裁判所は、本件離婚訴訟についての国際的裁判管轄権を持たないものというべきである。

尤も公文書であるから真正文書と推定される乙第二号証及び弁論の全趣旨によれば、原告主張のとおり被告は一九八八年(昭和六三年)八月以降平成元年五月まで原告肩書住所を居住地として外国人登録をしていたことがあるが、被告がこの間ここに居住していた事実はなく、原告の本訴提起当時も同様であったから、このために右の結論が左右されることはない。

2  長女の親権者指定をめぐる訴訟について

父母の離婚に伴ってなされる未成年の子に対する親権者の指定は、離婚訴訟を管轄する裁判所において行わせるのが妥当であるから、これについてもドイツの裁判所が国際的裁判管轄権をもつものというべきである。

3  慰謝料請求訴訟について

不法行為による損害賠償請求訴訟については、不法行為が行われた地を管轄する国の裁判所に審理させるのが妥当であり、そしてその地が、ドイツであることは原告の主張自体から明らかであるから、これについても当裁判所に国際的裁判管轄権はない。

三  以上のとおり本訴について当裁判所は国際的裁判管轄権を有しないから、本訴は不適法というほかはなく、従ってこれを却下することとし、訴訟費用は敗訴の原告に負担させることとして、主文のとおり判決する。

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